東京西法律事務所

このブログは東京西法律事務所(中央線・荻窪駅徒歩2分)が運営しています。ご相談のご予約は0120-819-674(はい、苦労なし)まで。土日・夜間のご相談も受け付けております。当事務所ホームページへのリンクはこちらをクリック

2016年3月23日水曜日

遺産分割の対象と預貯金

皆さん、「預貯金は遺産分割の対象ですか?」と聞かれたら、何と答えますか?

「当然でしょ」と答えるかもしれませんね。

ところが、びっくりされる方も多いと思いますが、現金と違い、預貯金は原則として遺産分割の対象ではないのです。

預貯金は、金融機関に対して、「預けたお金を返してください」と求めることができる権利です。法律上、このような権利を「債権」と呼びます。

これまで、最高裁判例では、相続の際、金銭債権は、法定相続分に従い当然に分割されることとされていました(最高裁平成16年4月20日判決)。

つまり、遺産分割が成立していなくても、相続人は、金融機関に対して相続分に従った預貯金の支払いを求めることができるのです。

このように、「預貯金は、相続によって当然に分割されるものである以上、遺産分割の対象ではない」ということが論理的な帰結になります。

もっとも、現実には預貯金を遺産分割の対象にしていることが一般的なのですが、これは当然のことではなく、あくまで預貯金を遺産分割の対象にすることについて、相続人全員が合意して行っているからにすぎません

逆に言うと、家庭裁判所で遺産分割調停を行う際に、預貯金を遺産分割の対象とすることについて、相続人の間で合意が成立しない場合は、裁判所は預貯金について調停の対象とはしていません。このような実務上の取り扱いも、上記の最高裁判例が存在しているからなのです。

ところが、本日の報道によりますと、この判例が覆される可能性が出てきました。

---引用ここから


「預金は対象外」判例変更へ=遺産分割審判で大法廷回付-最高裁

遺産分割をめぐる審判の許可抗告審で、最高裁第1小法廷(山浦善樹裁判長)は23日、審理を15人の裁判官全員で行う大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)に回付した。預金は遺産分割の対象外とする根拠となっている最高裁判例は、実務との隔たりが指摘されており、見直すとみられる。
 大法廷に回付されたのは、遺族の1人が別の遺族に対し、約3800万円の預金などの遺産分割を求めた審判。一審大阪家裁と二審大阪高裁は、遺族間の合意がない場合、預金は分割できないと判断した。(2016/03/23-17:27)

---引用ここまで (引用元:時事通信社 時事ドットコム

上記の通り、この最高裁判例は、実務上の取り扱いの根幹を成している極めて重要なものです。

判例変更が実現した場合、実務への影響はかなり大きなものになることが予想されます。また、ケースによっては、従来の判例に従った場合と比較して、相続人に損得の違いが発生することが考えられます。

本ブログでは、どのような変化があり得るかについて、このエントリーの続編としてケース別に分析することを予定しております。お楽しみに。

(追記)

本件についても、本日(3月24日)弁護士ドットコムニュース編集部様から原稿のご依頼を頂きましたので、メディアにて掲載予定となりました。掲載予定日との兼ね合いで、本ブログでの発表とどちらが先になるかは未定です。

空家と相続放棄について(後編)

後編では、メディア原稿で割愛した話の中から、私が特に重要と思うことをブログをご覧の皆様にお伝えします。

まず第1に、相続放棄により空家を手放す際に、なぜ相続財産管理人を選任する必要があるのか、という点を明らかにします。

相続人がいない場合、相続財産が国庫に帰属することをご存じの方は多いと思います。

しかしながら、実際には、相続人全員が相続を放棄したとしても、それだけで直ちに相続財産が国庫に帰属する訳ではありません

相続財産を国庫に帰属させるためには、裁判所に相続財産管理人を選任してもらい、その後、相続財産管理人が行う様々な手続を経る必要があります。

この手続の中には、以下の内容を官報に公告することが含まれています。

①相続財産管理人選任の公告(公告期間:2ヶ月)
→相続財産管理人が選任されたことを知らせるための公告です。

②相続債権者・受遺者に対する債権申出の公告(公告期間:2ヶ月)
→被相続人の債権者等に名乗り出るように求める公告です。

③相続人捜索の公告(公告期間:6ヶ月)
→相続人に対して名乗り出るように求める公告です。

要するに、相続財産を国庫に帰属させる前に、本当に相続債権者や相続人がいないかどうか確認するためのステップを踏む必要があるのです。

もっとも、相続人がいるかどうかは、戸籍謄本から確認することができるので、なぜ相続人捜索の公告が必要か、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、戸籍に記載がなくても、実の親子であれば、法律上の親子関係が成立していることがあるのです。

そして、これらの確認は、「官報に公告を掲載してから、一定期間待って誰も名乗り出てこないことを確認する」という方法で行われます。

また、これらの公告は、同時に行われるのではなく、上記①~③の順に、先順位の公告の公告期間が経過した後に行われるのです。

従って、相続放棄を行ってから、相続財産が国庫に帰属するまでには、通常1年数ヶ月程度の期間が掛かります。

それでは、相続人全員が相続放棄をして、相続財産管理人の選任申立をしないと、どうなるのでしょうか。その答えは民法940条にあります。

「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない」(民法940条)
すなわち、相続放棄を行うと、次の順位の人が相続人になるのですが、次の順位の人が相続財産を管理することができるまで、相続放棄を行った人が管理義務を負うことになるのです。

それでは、相続人全員が相続放棄を行った場合はどうかというと、民法940条の解釈として、一般に、「相続財産管理人が相続財産の管理を始めることができるまで、最後に相続放棄を行った相続人が相続財産の管理を行う義務がある」と考えられています (参照:『相続法逐条解説(中)』中川淳(日本加除出版1990.10.15)184頁)。
つまり、相続人は、相続放棄を行っただけでは、相続財産の管理義務を免れることはできないということです。

もともと空家の管理責任を免れるために相続放棄をする以上、相続財産管理人を選任することが必須であるという結論になるでしょう。

第2に、相続放棄を行う際の注意点について触れたいと思います。

相続放棄を行う際、最も障害となりやすいのは、相続放棄前に相続財産の処分をしてしまうことです。

最もよくあるのが、亡くなった方の預貯金を引き出して使ってしまうケースです。

世間一般に、亡くなった方の預金口座が凍結されることをご存じの方は多く、「対策」として相続発生後に相続人が預金を引き出すケースが後を絶ちません。

しかしながら、亡くなった方の預貯金を費消することは、原則として(一応例外はあります)「相続財産の処分」にあたります。

そして、相続財産の処分を行った相続人は、相続を承認したものとみなされるため、相続放棄を行うことはできなくなります(民法921条1号)。

知らず知らずのうちに相続を承認してしまうことを避けるため、相続放棄を予定している場合は、予め相続人全員の間で「相続財産にはノータッチ」を周知徹底する必要があります。

また、うっかり預金の引出をしてしまった場合は、手遅れにならないうちに専門家にご相談されることをお勧めします。

【本ブログの関連記事】
葬儀費用と相続放棄

【セミナー開催のお知らせ】
少し先になりますが、6月19日に三鷹市で相続に関する講演を行う予定となりました。テーマや開催場所については、詳細が決定次第、当ブログでも告知させて頂きます。

2016年3月17日木曜日

空家と相続放棄について(前編)

最近、地方部を中心に管理が行き届かない空家が増えて来ており、社会問題になりつつあります。

先日、空家の相続に関してメディアから取材を頂き、読売新聞のウェブサイト(「発言小町」)に私のコメントが掲載されました(3月25日掲載)。

今回は、
ご両親が長期間空家になっている家を所有されている方からのご質問に詳しく回答させて頂きました。ご覧下さい(画面写真の後に文章が続きます)。

また、文字数の関係上、メディア原稿からは割愛せざるを得なかった話を本ブログでお話しします。後編も併せてご覧下さい。 

<リンク先:Yomiuri Online>
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/plus/kuragetlogy/20160323-OYT8T50031.html





【質問】
私の両親は、地方に空き家を所有していますが、もう何十年と空き家になっており、屋根瓦が飛ぶなど、人に怪我をさせる可能性があります。万一の場合、どのような法的責任を負う可能性がありますか。

また、空き家は売りたくても書い手がつかないような状態です。空家を手放す方法はありませんか。


【回答】

●「ご両親が健在なうちは、手放すことは困難」

相談者さんは空き家を手放すことを望まれているようですね。

残念ながら、ご両親が健在なうちは、空き家を手放すことは大変困難です。国や自治体が不要な不動産を引き取ってくれる可能性はほとんどありません。理由の1つとして、自治体にとっては、不動産を引き取ると固定資産税の減収につながることが挙げられます。

このように、ご両親が健在なうちは、空き家を持ち続けることを前提に考えざるを得ません。

もっとも、空き家は、どうしても管理が疎かになりがちです。修理が必要な家を放置した結果、壁が崩れたり、屋根瓦が飛んだりして、人に怪我をさせたり、隣家を傷つけた場合、危険工作物の占有者ないし所有者として損害賠償責任を負うことがあります(民法717条1項)。

賠償責任を免れるためには、空き家を取り壊すか、管理をきちんとする以外の方法はありません。

●「相続が空き家を手放す機会」

ところで、ご両親が亡くなった時点では、相続放棄によって空き家を手放す機会があります。ただし、これから述べる通りいくつかの注意点があります。

1つ目は、相続人全員が、法律の定める期間内(自分が相続人になったことを知った時から3か月以内)に裁判所に相続放棄の申立をする必要があることです。

法定相続人が相続放棄をすると、次順位の人が繰り上がるため、相談者やその兄弟姉妹だけでなく、ご両親の兄弟姉妹(兄弟姉妹のうち亡くなった方がいる場合は、亡くなった方の子)も相続放棄をする必要があります。

2つ目は、費用がかかることです。

空き家の管理責任を免れるためには、相続放棄の後に、裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てる必要があります。裁判所に申立を行うと、裁判所から手続費用の予納を求められます。予納金の額は数十万~100万円程度が一般的です。簡単に捻出できる金額ではありませんが、空き家を取り壊す費用に比べれば小さいともいえます。

3つ目は、相続放棄の際には、すべての相続財産をまとめて放棄する必要があり、欲しくない財産だけ放棄することはできないということです。

ご両親の財産の中に放棄したくない財産がある場合は、ご両親から生前贈与を受けておくか、ご両親の遺言書に基づいて遺贈を受けるか、いずれかの対策が必要です。いずれの対策もご両親が健在なうちにしかできないため、計画的に取り組む必要があります。なお、贈与や遺贈を受ける場合、贈与税や相続税の負担についての検討も欠かせません。

●「予め専門家への相談を」

今後は、空き家が増えていくことが予想されており、相続対策が必要な場合も多いと思います。相続放棄を予定する場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。

【本ブログの関連記事】
空家と相続放棄について(後編)

2016年3月10日木曜日

(続)「花押」による遺言書は有効か

9日付日経新聞web刊によると、当ブログの以前の記事で取り上げた花押によって作成された遺言書を有効と認めた裁判例(福岡高裁那覇支部平成26年10月23日決定)について、最高裁が弁論を開くことを決定したとの報道がなされております。

----以下引用


「花押」遺言書、有効判決見直しか 最高裁が上告審弁論 

2016/3/9 22:04
 
 最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は9日までに、押印の代わりに戦国武将らのサインとして知られる手書きの「花押」を用いた遺言書の有効性が争われた訴訟の上告審弁論を4月22日に開くと決めた。最高裁は通常、二審の結論を見直す際に弁論を開く。遺言書を有効とした二審・福岡高裁那覇支部判決が見直される可能性がある。
 遺言書は沖縄県の男性が不動産を次男に相続させるとの内容。遺言書は署名と押印が必要だが、署名と花押が記されただけだった。無効と主張する長男と三男に対し、次男が有効性の確認を求めて提訴していた。
 一審・那覇地裁は生前に男性が花押を使用していたことなどから「押印と認めるのが相当」と遺言書は有効と判断、二審も支持した。〔共同〕
----引用ここまで

記事にある通り、最高裁で弁論が開かれることは、一般的に、高裁の判断が覆される可能性があることを意味しております。


ところで、この原審裁判例を参照したところ、原審段階では、花押が押印として認められるかについては、特段の判示はなされておらず、むしろ第一審(那覇地方裁判所 平成26年3月27日判決)に詳しく述べられていました。

そこで、第一審判決を引用します。

----以下引用(出典:LLI/DB 判例秘書登載)

花押が「押印」として認められるかについて

 民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は,遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある(最高裁平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁)。


 そこで検討すると,まず,認印による押印の場合よりも花押を用いる場合の方が偽造をするのが困難であるといえ(甲43),花押を用いることによって遺言者の同一性及び真意の確保が妨げられるとはいえない。また,前記1(2)アのとおり,花押が文書の作成者・責任者を明らかにするために用いられていた署名や草名が簡略化されたものであり,重要な書面において署名とともに花押を用いることによって,文書の作成の真正を担保する役割を担い,印章としての役割も認められている。

 そのような花押の一般的な役割に加え,前記1(2)イ及びウのとおり,△△家においても重要な文書において花押が用いられていたことやAも契約書等の書面においては署名と印章を用いていたものの,色紙への記載に花押を用いるなどしていたこと,本件遺言書1に認められるAの花押の形状等も併せかんがみると,Aによる花押をもって押印として足りると解したとしても,自筆証書遺言である本件遺言書1におけるAの真意の確保に欠けるとはいえないし,花押が日常的に用いられるものとはいい難いことを考慮しても,前記趣旨に反するものとはいえない。

  以上からすれば,本件遺言書1におけるAの花押は,自筆証書遺言における押印と認めるのが相当であり,本件遺言書1が押印を欠き無効であるとはいえない。なお,本件遺言書1には誤記が訂正されているところ,その訂正について民法968条2項所定の方式を遵守していないが,明らかな誤記の訂正であって本件遺言書1の効力を左右するものではない(最高裁昭和56年12月18日第二小法廷判決・民集35巻9号1337頁)。


(読みやすいように、文章ごとに段落を区切っています。)

----引用ここまで

つまるところ、第一審判決が花押による押印を認めた理由は、
①花押の方が印鑑よりも偽造が困難である
②花押は、遺言者の出身家において、印鑑と同じ社会的役割を果たしてきた
という2点にあるようです。

ところで、当ブログでは、花押による遺言書を有効と認めた高裁の判断について、「思い切った判決」であると述べ、これまでの下級審判例の流れとは異なったものであることを指摘して参りました。

これは、上記2点の理由のうち、①の点について、疑問があると考えているからです。以下は私見です。

もともと、署名は、人の筆跡の同一性(人の習慣)が、本物の署名であることを担保しています。

これに対して、捺印は、同じ印章を用いて押印された印影は、別の機会に押印したものであってもほぼ同一のものになるという物理的現象を利用したものです。

このように、署名と捺印は、いずれも文書が本物であることを担保しようとしている伝統的な方法でありながら、異なるメカニズムを利用していることに留意すべきであると思います。

そして、民法は、自筆証書遺言を作成する際には、署名と捺印の両方を要求していますが、このことは、要するに、遺言書を作成する際には、これら異なる2つのメカニズムの双方を用させることで、遺言書が本物であることを慎重に担保しようとしたものではないかと思われます。

ところで、花押は人が手で書くものであって、その性質上どちらかといえば捺印よりも署名に近いものであると言えます。

そうであるとすれば、花押と署名だけで有効に遺言書を作成することができるとすると、実質上、署名のみで遺言書を作成することができることに限りなく近づくことになるため、問題があるのではないでしょうか。

最高裁の判決がどのような結論を取るのか、そしてその理由付けは何であるのか、について引き続き注目して参りたいと思います。

↓追記しました。最高裁判決後の記事です。 【本ブログの関連記事】
(続々)「花押」による遺言書は有効か