東京西法律事務所

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2014年11月23日日曜日

「花押」による遺言書は有効か

世にも珍しいことがあるものです。

戦国時代に使われていた「花押」を現代でも日常使用している方がいるんですね。

花押とは、昔の人が手紙に用いた一種のサインで、下の例のように戦国武将が用いていたことで知られています。



(引用:今様花押−花押の豆知識


花押は、江戸時代にも使われていたようですが、印鑑の普及とともに、だんだんと廃れていったようです。

現代でも、閣僚が閣議決定に署名する際には、花押を用いることが慣例となっているようですが、有力政治家にでもならない限り、現代人が花押を用いることは皆無と言ってよいでしょう。

ところが、驚いたことに、実際に「花押」を印鑑の代わりに用いて遺言書を作成した人がいたのです。

民法968条1項では、自筆証書遺言を作るためには、署名の他に、押印することが必要とされています。押印がなければ、遺言書は無効になります。

そこで、花押により作成された遺言書が「押印」されたものといえるかが問題になります。

各種新聞報道によれば、今年10月23日、福岡高裁那覇支部は、花押を民法968条1項の「印」と認める(すなわち遺言書は有効)判決を下しました。
 遺産相続の遺言書に使われる「印」の代わりに、戦国武将らのサインとして知られる「花押」の使用は有効かどうかが争われた訴訟の判決で、福岡高裁那覇支部は24日までに、印と認定できると判断した一審・那覇地裁判決を支持し、遺言書を有効と認めた。
 一審判決などによると、沖縄県の男性が不動産の相続について花押が記された遺言書を残し死去。次男が遺言書の有効性を求めて長男と三男を相手取り提訴した。長男らは無効と主張した。
 民法は遺言書の要件として印を求めている。今年3月の一審判決は男性がこれまでも花押を使用してきたと指摘。印鑑より偽造が困難である点を踏まえ「印と認めるのが相当」と判断した。高裁那覇支部も支持し、長男らの控訴を棄却した。
 中根弁護士は「今回は男性が生前、花押を使っていた特殊な事情が考慮された。争いを生じさせないためには実印を使う方が適切」と話した。
 中国に起源のある花押は、豊臣秀吉ら歴史上の人物が使ったほか、現在も閣議書を回覧する「持ち回り閣議」で大臣が使用することがある。〔共同〕
(引用:日本経済新聞web刊

判決文全文はまだ入手できておりませんが、これまでの下級審判例に比べ、この判決は、比較的「思い切った判決であるという印象です。

例えば、近時、東京地裁平成25年10月24日は、以下のように述べて、署名はあっても押印を欠く遺言書について、無効と判断しています。
被告は,本件サイン等が「押印」と同等の意義を有するので,本件書面は,自筆証書遺言の「押印」の要件を充足すると主張する。
しかしながら,民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は,遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照),いまだ我が国においては,重要な文書について,押印に代えて本件サイン等のような略号を記載することによって文書の作成を完結させるという慣行や法意識が定着しているとは認められない。
被告は,本件サイン等が「押印」と同等の意義を有すると主張するが,以下のとおり,Aも法的意味を有する重要な文書について本件サイン等を記載することによって作成を完結させていたとは認められない。
すなわち,本件略号は,本件ノートのうち平成18年7月11日の頁(乙12の7枚目)や,乙18,19の書面に記載されていることが認められるが,それらの書面は,その日の出来事に対する気持ち(乙12)や,人生訓(乙18,19)といった法的意味を有するとはいえない内容を記載するものであり,かえって,Aは,養子縁組に関する覚書(甲10),手術に関する承諾書(乙3),建物登記に関する図面(乙9の3・35枚目)といった法的意味を有する文書については,押印あるいは指印することによって文書の作成を完結させていたことが認められる。このようなAの本件略号の使用状況のほか,本件書面は,Aが日々の出来事やそれに対するAの気持ちを主な内容とする本件ノートの一部であることを踏まえると,本件サイン等が,遺言という重要な法的意味を有する意思表示を記載した文書の作成を完結させる意義を有していると認めることはできず,本件サイン等が押印と同等の意義を有している旨の被告の主張は採用できない。
さて、花押は、人が手で書くものですから、本質的にサイン(署名)の一種であると考えられます。

従って、上記の裁判例の基準をそのままあてはめると、花押を押印と認めるのは難しいように考えられます。

また、福岡高裁那覇支部判決が理由として挙げたとされる「花押が印鑑より偽造が困難である」という理由も、一見もっともなようですが、民法が(花押と同様に偽造が困難な)「署名」の他に「押印」まで要求していることを考えると、疑問なしとはしがたいように思われます。

この判決が確定したか否かは現時点では分かりませんが、続報が待たれます。



(2015.3.10追記)上告審に関する続報が出ましたので、新たなブログ記事を書きました。こちらも併せてご覧下さい。