東京西法律事務所

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2017年1月5日木曜日

最高裁「預貯金は遺産分割の対象に」判例見直し…相続問題「3つの影響」を徹底解説

預貯金の遺産分割に関する昨年末の最高裁判例について弁護士ドットコムニュースさんに記事を寄稿させて頂きました。



https://www.bengo4.com/c_4/c_1050/n_5550/

最高裁「預貯金は遺産分割の対象に」判例見直し…相続問題「3つの影響」を徹底解説

相続の際に取り分を決める「遺産分割」の対象に預貯金が含まれるかどうかが争われた裁判で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は12月19日、「預貯金は遺産分割の対象とならない」としてきた判例を見直し、「対象になる」とする初判断を示した。遺産分割審判に対する抗告棄却決定を取り消し、審理を大阪高裁に差し戻した。

大法廷は「遺産分割の仕組みは相続人間の実質的公平を図るためのもの」と指摘。そのためには「できる限り幅広い財産を対象とすることが望ましい」とした。現金が遺産分割の対象となっていることと比較して、簡単かつ確実に現金に換えられる預貯金との間にそれほどの差がないと認めた。

今回の決定は今後どのような影響があるのか。加藤尚憲弁護士に聞いた。

加藤弁護士が指摘する今回の決定の主な影響は次の3点だ。
(1)金融機関の対応が変わる
(2)遺産分割の結果が変わる
(3)遺産分割が長引く場合がある

以下、ルール変更で相続額が具体的にどのように変化するのかという点について、算定式を示しながら、加藤弁護士の解説を紹介する。

●これまでは預貯金は遺産分割の対象ではなかった

世間では、預貯金が遺産分割の対象となることは当然のように思われています。しかし、実は、法律上のルールはそうではありませんでした。これまでの判例では、預貯金は原則として「法定相続分(民法で定められた取り分)に従い当然に分割して承継される」とされていました。

つまり、遺産分割を行わなくても、相続人は、銀行など金融機関に対して、法定相続分に従った預貯金の支払を求めることができたのです。

また、家庭裁判所で遺産分割調停を行う際も、預貯金を遺産分割の対象とすることについて相続人の間で意見が一致しないときは、預貯金は遺産分割の対象から除外されていました。

これに対して、今回の最高裁の決定は、預貯金は「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」と判断しました。

つまり、今回の決定は、先ほど述べたこれまでのルールを根底から覆したのです。このことにより、これから述べるように、いくつかの影響が予想されます。

●金融機関の対応が変わる

まず第1は、金融機関の対応の変化です。
これまでは、遺産分割前の預貯金の払い戻しについては、金融機関により対応がやや異なり、法定相続分の限度で応じるところもありました。

しかし今後は、金融機関は、遺産分割前の預貯金の払い戻しに対し、一切応じないことが予想されます。

現に、私が決定翌日に、たまたまとある銀行の支店長さんとお会いした際に、その支店長さんは、その銀行ではその日(決定翌日)から突然窓口の取り扱いが変わったとおっしゃっていました。

もともと判例変更が予想されていましたから、同じような対応をした金融機関も多かったのではないでしょうか。

●遺産分割の結果が変わる

第2に、これまでとは遺産分割の結果が変わる場合があります。それがまさに今回の判例のケースです。判例のケースは、以下のようなものでした(金額はすべて概算額)。

(1)相続人(2人)・子(以下「Xさん」、法定相続分は2分の1)・孫(以下「Yさん」、法定相続分2分の1)(孫が相続人なのは、被相続人(亡くなった方)の娘(孫の母)が既に亡くなっているから)

(2)相続財産・預貯金(外貨建預金:残高4000万円相当(日本円換算)など)・不動産(250万円相当)

(3)Yさんは、被相続人から5500万円の生前贈与を受けていた。

このケースのように、相続人の1人が被相続人から生前贈与を受けたときは、相続人間の公平を保つため、原則として、遺産分割を行う際、「遺産の前渡しを受けた」のと同じ取り扱いをします(このような調整を「特別受益の持戻し」といいます)。

もっとも、特別受益は、あくまで遺産分割の際に不利益に働くだけで、(遺留分に反しない限り)すでに受け取った生前贈与を返す必要はありません。

そして、これまでのルールの下では、預貯金は法定相続分に従って当然に分割されるため、生前贈与を受けたYさんは、遺産分割を行わずに、法定相続分に従って預貯金を相続する(4000万円×1/2=2000万円)ことができます。

そうすると、遺産分割の対象になる財産は、(相対的に価値の低い)不動産(250万円相当)に限られるため、Xさんは、預貯金の半分(2000万円)と不動産だけを相続することになります。

これでは、Yさんは5500万円の生前贈与を受け取っているのに、Xさんの相続分は約250万円程度しか増えないことになり、いくら生前贈与が特別受益になるといっても、実際上はあまり意味がありません。

そこで、新しい判例は、この不都合な状況を変えるため、これまでのルールを変更し、預貯金も遺産分割の対象になることにしました。

そして、このケースでは、Yさんが受けた生前贈与の額(5500万円)は、相続財産の総額(4250万円)を上回っていますから、Yさんは、遺産分割の中で、自分の相続分は生前贈与により全て前渡しを受けたものとして取り扱われます。

そうすると、もはやYさんが相続すべき財産はなく、結果として、Xさんが預貯金を含めた相続財産を原則全て相続することになります。

ここで、これまでの判例のルールと、新しい判例のルールでXさんとYさんの相続割合がどう変わるのか確認してみましょう。

(これまでの判例のルールで計算)
Xさん:預貯金2000万円+不動産250万円=2250万円
Yさん:預貯金2000万円+生前贈与5500万円=7500万円

(新しい判例のルールで計算)
Xさん:預貯金4000万円+不動産250万円=4250万円
Yさん:預貯金0円+生前贈与5500万円=5500万円

XさんとYさんの差は大きく縮まっていることが分かるでしょう。このように、新しいルールは、預貯金を調整対象に含めることで、相続人間の公平をより広く実現しようとしているのです。

●遺産分割が長引く場合がある

第3に、遺産分割の結果が変わることがある以上、これまでよりも遺産分割調停が長引く場合が出てきます。

先ほどのXさんとYさんの例で考えてみましょう。これまでのルールでは、Xさんは、たとえ生前贈与があったことを知っていても、特別受益の主張をする実益がほとんどありません。

そうすると、Xさんは、特別受益の主張を諦めてしまうことがあるので、たとえ不公平でも、その分だけ遺産分割調停は早く終わることになります。

これに対し、新しいルールのもとでは、Xさんは、特別受益を主張する実益が出てくるため、諦めずに特別受益の主張をすることになるでしょう。

そうすると、新しいルールのもとでは、過去に生前贈与があったかなかったかをめぐって遺産分割調停が長引く可能性が出てきます。

さらには、特別受益だけでなく、(相続人の1人の貢献により相続財産が増えた場合に認められる)寄与分についても、同じように主張する実益があるケースが増えるものと考えられます。

このように、今回の判例変更により、遺産分割調停が長引くケースが増えることが予想されます。

●決定後も変わらないことは?

今回の判例は、あくまで預貯金が相続人間の調整のために遺産分割の対象となるとするものです。

したがって、親族間の現金の貸し借りによって発生した債権など、預貯金以外の債権については、これまで通り、法律上当然に分割されるものと考えられます。

●残された課題、裁判官からは多くの補足意見

ところで、今回の判例には、たくさんの裁判官の補足意見や意見が付されており、その中では今後出てくる可能性のある新たな問題点が指摘されています。

例えば、5名の裁判官の補足意見は、遺産分割が成立するまで預貯金の払い戻しができなくなったことにより、相続人が相続債務の弁済資金に困ることがあることを指摘し、解決策として、仮処分により預貯金の一部について仮の遺産分割を行うことを提言しています。

もっとも、預金を引き出すためだけに仮処分の申し立てを行う手間の負担が大きく、個人的には、実際に仮処分を行う場合は限られるのではないかと思います。

このほかにも、補足意見や意見の中には、今後の実務上の問題点が指摘されており、私たち実務家には、新しいルールの下で出てくる新たな課題を解決して行くことが求められています。

(弁護士ドットコムニュース)